「……あれ?こんなに軽かったっけ?」 いつものようにコンビニの棚から、お気に入りのチョコチップメロンパンを手に取った瞬間、違和感が僕の手を伝わった。パッケージのイラストは変わらない。値段も税込138円のままだ。しかし、袋越しに伝わるその質量は、…
金曜の夜に投げ出した靴下、数日分のレシート、読みかけで伏せられた雑誌。窓から差し込む午後の光は、無慈悲なほど鮮明に「放置された日常」を照らし出していた。部屋が荒れているのは、私の頭の中が、終わらない仕事の段取りや誰かに言われた些細な一言で…
夕暮れ時、商店街の入り口で足を止める。鼻腔をくすぐるのは、使い込まれたラードが弾ける香ばしい匂い。これに抗える人間がいるだろうか。 「おばちゃん、コロッケ二つ。すぐ食べるから紙に挟んで」 受け取った揚げたての塊は、指先にまで熱が伝わってくる…
「佐藤さん、どうぞー」 看護師の声に、私は勢いよく立ち上がった。診察室へ向かおうと数歩進んだところで、背後からも立て続けに「はい」という声が聞こえる。振り返ると、私を含めて三人の男女が、それぞれの椅子から腰を浮かせ、互いに顔を見合わせて固ま…
「嘘でしょ……嘘だと言ってよ」 三日前に定価で手に入れたあのアウターが、店頭のマネキンに30%オフの札を添えられて涼しい顔で立っていた。胸の奥がキリキリと痛む。あの時、勇気を出して買った自分を褒めてやりたい気持ちと、三日待てばよかったという後悔…
「これなら、雨の日が待ち遠しくなる」 そう呟いて、給料日前に震える手で買った、持ち手が彫刻のように凝った高級な長傘。晴れの日もわざわざ部屋に広げては、その美しいフォルムを眺めて悦に入っていた。 しかし、購入してからというもの、空は憎らしいほ…
「あんた、また歩くの早くなってますよ」「おや、いけない。少し景色が良すぎたかな」 日だまりに溶けそうなほど穏やかな歩調。つないだ手のひらから、数十年分の季節が零れ落ちてくるようだった。 休日の公園は賑わっているが、その老夫婦の周りだけは、ま…